2015年10月03日

中国丹東馬市村の北朝鮮への原油供給パイプライン基地

中国丹東市への旅行時に、北朝鮮への原油パイプライン基地と言われる建物を見に行ったので、その紹介。

丹東旅行を計画した時に、いろいろ丹東について調べて、中国から北朝鮮への原油輸送のパイプラインがあることを、知った。このような施設は、重要であり、付近に立ち止まるだけでも、警備部隊が出てくるとの情報もあった。

まず、北朝鮮への原油パイプラインについては、中国石油のホームページが参考になる。

中国石油.jpg

ここで、赤い枠線内に、輸出原油パイプラインは、中国唯一のパイプライン。「丹東市振安区金山湾の油タンク ⇒ 鴨緑江を通って ⇒ 北朝鮮の新義州の油タンク」の経路。全長は30.3km、パイプは377mmの直径。1975年12月20日に竣工し、生産を始める。年間52万トンの輸送量。
丹東から約860km北の黒龍江省の大慶(たいけい)油田の原油が鉄道貨車にて、金山湾の油タンクに運ばれているもよう。

なお、緑色の枠線内には、輸出精製油のパイプライン。これは、輸出原油パイプラインと同時期に建設されて、原油パイプとの中心間距離は、1.5m。パイプは219mmの直径。1981年に停止。

丹東から北へタクシーに乗って馬市村へ。 虎山長城の手前である。
したがって、タクシーから降り、写真を撮影する勇気がない臆病者の私は、遠くからタクシーにて撮影。建物の近くでタクシーからカメラを向けることは、やめた。
(前日、丹東の南40kmの鴨緑江の国境埠頭の一撮毛口岸(税関)を、タクシーの窓から写真を撮ったら、警備の人が出てきて怒られた怖〜い経験があり、学習した。)

一撮毛.jpg

中国では、軍関係施設、政府関係施設、鉄道や橋梁、ダム、人民解放軍の経営の病院などは、写真撮影禁止が多く、注意が必要なのを再確認した次第です。

原油パイプライン基地の建物は、滨海公路(M海公路)という名の自動車道路沿いにあった。
それらしき建物の近くになると、道路わきにネットが張られおり、監視カメラらしきものも設置されている。

道路わきのネット.jpg

この建物は、「中国石油管道公司 丹東培訓基地」となっており、配管・パイプライン会社の丹東訓練研修基地らしい。
ちょっと古いが、2006年の東京オニックス(ONYX)グループの報告には、基地側の道路からの写真が掲載されていた。

onxy.jpg

道路から配管設備が見られる。当時は道路わきにネットも設置されていない。

残念ながら、基地側の道路にUターンすることは、あきらめて、裏側からのタクシーでの見学にした。

畑の中に突如としてぽつんと、建物が見えてくる。

基地1.jpg

日本の北朝鮮研究者でもある宮塚利雄教授の報告では、2007年11月には、農道の右側の畑にパイプラインの看板があったそうだが、今回は確認できなかった。

みやちゃん看板.jpg

看板の説明には、「国務院及び遼寧省の《石油、天然ガス輸送管保護条例》を真に徹底して実行  中国石油管道丹東輸油分公司」とあり、裏面には、
1.高温、高圧、可燃、爆発性のパイプラインが地下に埋めてある。
2.パイプラインのセンターラインの両側の各5mの範囲内に、周辺に深く根の張る樹木や植物を植えてはならない。および、道路の付属施設を建設するのを厳禁する。
3.パイプラインの上面の道路路面は、1m以上盛り土する。道路の溝の地面は0.5m以上盛り土する。そして 補強措置を講じてはならない。  と記載されている。

基地の全景は、

基地全景.jpg

左に、「中国石油管道公司 丹東培訓基地」。中央に「中国石油管道公司 鴨緑江輸油站」で、入り口には、警察の表示。
さらに、右側には「公安」の建物。
周囲の畑とは、そぐわない、ものものしい雰囲気。

丹東培訓基地.jpg
輸油站.jpg
公安.jpg

北朝鮮への輸出原油パイプラインの位置的な関係を調べてみると、北朝鮮内での場所はいろんな説がある.
例えば、中国の丹東市中心から約11km北の「金山湾油タンク」から、約15〜17km離れた馬市村の輸油ステーションへ送られて、ここで、地下のパイプを通じて送られてきた原油を加熱、加圧し(パイプライン・ブースター(圧送装置))、対岸の北朝鮮の平安北道の義州郡の地方産業工場を経由し、烽火化学工場に送られ製油される。
ある説によると、さらに南の平安南道の安州市の製油所に送られているという。

パイプライン01Rev2.jpg

ここで、金山湾油タンクと馬市村を、衛星画像で調べてみた。
金山湾油タンクには、大小17基の油タンクが設置されていた。

金山湾WikimapiaRev5.jpg

馬市村では、左の赤色で囲った部分がパイプライン基地であるが、対岸の北朝鮮側には、青色で囲った部分にぽつんと受け側らしき建物が見える。

馬市WikimapiaRev4.jpg

また、鴨緑江の河を見ると、なんとなく河底が隆起しているようにも見えてしまう。
この河底が隆起しているように見える写真から、ある橋を思い出しました。
韓国と北朝鮮の間で、朝鮮半島の主権を巡って北朝鮮が、38度線を越えて侵攻したことによって勃発した国際紛争である朝鮮戦争(1950〜1953年)。中国では「抗美援朝战争 kàng měi yuán cháo zhàn zhēng」(抗美援朝戦争)と呼ばれている。
この戦争時に、丹東では、中国人民志願軍が北朝鮮を援助するため、鴨緑江を渡った5つの橋梁があったとされているが、その一つに「马市村过江桥」(馬市村過江橋)がある。
1950年代の軍用地図によると、よく似た位置に橋梁がある。

馬市村過江橋011Rev1.jpg

実際に鴨緑江を渡る志願軍をネットで見つけた。北朝鮮に渡り、援助するのである。
この橋は、どうも木製のようだ。

馬市橋Rev1.jpg

このかつての橋梁の位置と北朝鮮へのパイプラインが、一致しているように思われるが・・。

朝鮮戦争時の橋梁も現在のパイプラインも、中国の北朝鮮に対しての、「友誼」(ゆうぎ:友達のよしみ)の証。

ちょっと、私の考えすぎか。


posted by kazuohage at 13:47| Comment(0) | 日記
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